あの頃、世界が輝いて見えた。
 目に見えるもの、手に触れるもの、聞こえてくること、すべてが、輝いていた。これは、僕の『仲間』達との、最後の春の出来事である。僕達は、十三歳だった。
 僕の育った町は、人口二万人ほどの、小さな田舎の町。僕らの世界のすべてだった。








 スタンド バイ ミー





モリ         



















 始まりは、小学校の五年生の時。僕と、アキラと、タカシとミユキは、同じクラスだった。休み時間に、アキラとタカシが興奮した様子で、僕に話しかけた。
「おい、テツオ。すげえんだ。いいか、絶対、誰にも言うなよ。俺たちだけの秘密だからな。」
 アキラとタカシはクラスの人気者だった。アキラは、体は小さかったが体操では誰にも負けなかった。それに、負けん気が強くて、上級生とケンカしてこてんぱんにやられても、笑って、「次は俺の勝ちだ」と言ってのける。タカシは、いつもおどけていて、みんなを笑わせていた。授業中、タカシが何かしないかと、クラスの目は自然と彼に集まった。彼の冗談が始まると、授業どころではなくなった。先生までもが笑い転げるのだ。そんな、言わばクラスの『顔』であるアキラとタカシが、なぜ僕に声をかけたのか、僕には理解できなった。僕は体が弱くて、体育などはよく見学していたし、決して目立つ生徒ではないのだ。子供心にも、彼らと僕とでは、世界が違うんだなあ、なんてことをぼんやり感じていた。
「いいか。学校終わったら、体育館の裏でまってるんだぜ。」
「う、うん。」
 僕はどこかであこがれていた二人に声をかけられ、しかも、秘密を彼らと共有できるというので、すごくドキドキした。なにか、とてもうれしかった。
 体育館の後ろは林になっていて、いつも陰ができる。
「あ、いたいた。ゴメン、ちょっと他のやつらまくのに手間取ってな。」
 アキラとタカシが笑いながらやってきた。
「さ、行こうぜ。」
 タカシが僕の手を引っ張った。途中、他愛も無い話をしながら、僕たちは目的地へ向かった。
「ねえ、秘密って何さ。もう教えてくれてもいいだろ。」
 僕は早く彼らの秘密が知りたくて、うずうずしていた。
「まあ、待てよ。もう少しだから。」
「おまえ、絶対驚くぞ。」
 アキラとタカシは二人で目を合わせて、いたずらっぽく笑った。僕は少しムッとなって、それっきり黙ってしまった。
「ほら、ここだよ。」
 二人が連れてきたのは、今はもう使われていない、古びた倉庫だった。一見すると、お化け屋敷というほうがしっくりくるような、そんな建物だった。大きく開いている扉の内側には、朽ちかけている木材や、いろいろな機械が見えた。天井がすごく高くて、体育館のようだった。その倉庫には、絵本で読んだドラキュラの城のように、蔦がからまっていた。
「これのどこが秘密なんだよう。」
 僕は恐怖と、期待を裏切られた悔しさで、泣きそうになった。
「秘密は、この中だよ。」
 タカシが言った。
「い、いやだよっ。こんなとこに入るなんて。」
 声が震えた。僕は幽霊とかお化けの類がすごく苦手だった。それでも、有無を言わさず、アキラとタカシは僕の腕を両方からつかんで、僕を闇の中に引きずり込んだ。
 倉庫の中はかろうじていくつかの窓があるものの、長年の汚れですすけて、ガラスを通って差し込んでくる光は、外の半分以下だった。その光の下で、僕らが歩くたび、ほこりが舞っているのが見えた。何かが潜んでいそうだった、僕は気が狂いそうなくらい怖くて、知らぬ間に泣いていた。
「ちぇっ、泣くなよ。」
 暗闇で、アキラかタカシかわからなかった。
「ほら、この上だ。」
 目の前に錆びた鉄バシゴがあった。倉庫の一番奥まで来ていた。アキラが、するすると登っていった。こういうとき、一番乗りは必ずアキラなのだ。
「ほら、テツオ。お前も上れよ。」
 タカシが僕を促した。死にそうなくらい怖かったが、一人でいるのは余計に怖いので、仕方なくおずおずと錆びたハシゴに手を伸ばした。上っている間、僕は読んだばかりの『蜘蛛の糸』を思い出した。これほどぴったりな場面はないだろう、と思った。どうやら、アキラがてっぺんまで上ったらしい。なにやらガチャガチャやっていたが、突然、眩しさに目がくらんだ。アキラは光の中に消えていった。タカシが下から、「ほら、早く」と僕のしりを押した。僕が光の中に顔を突き出すと、そこは、六畳ほどの、部屋だった。
「どうだ? すげえだろ? 昨日、おれとタカシで見つけたんだ。おれらの秘密基地だ。」
 アキラはそれは誇らしげに目を輝かせた。その部屋は、廃倉庫の屋根裏部屋のようで、大きな取り込み窓があって、明るかった。
「すごい、すごい!」
 僕は『秘密基地』という言葉がすごく気に入った。
「だけど、こんなすごい秘密を、なんで僕に教えてくれたの?」
「テツオは、頭いいからな。オレとアキラじゃ思いつかないようなことを考え付くからさ。」
 タカシが、さっきの僕と同じように、頭だけを出して言った。アキラは、煩雑においてある材木のひとつを手で払って、腰掛けた。
「さて、テツオ大先生。ここ、これからどうしよう。」
「そうだね。まず、掃除しなきゃ。それから、この出入り口のところにカギをつけよう。僕ら以外誰も入ってこれないように。」
 とても滑らかに、僕の口からでた。
「さっすが!」
 アキラとタカシは声をそろえて言った。僕は、自分が認められたことがすごく誇らしかった。
「明日、家から、雑巾とかバケツとかほうきとか、持ってこよう。」
 僕がいろいろな計画を話すのを、二人は黙って聞いていた。
「ねえ、アキラ。その窓は開くの?」
 僕は採光用の天窓に目をつけた。
「わかんねえ。おい、タカシ、やってみようぜ。」
 アキラとタカシは窓を開けようと悪戦苦闘していた。僕も手伝い、三人が汗だくになった頃、「バン!」と大きな音を立てて、窓が開いた。その瞬間に入ってきた風が、僕らの頬をかすめた。その窓から見える景色はすごく新鮮だった。僕らは三人で、ただ立ちつくして、沈もうとしている夕陽を眺めた。
「ねえ、あんたたち、そこで何してんの?」
「げげっ、ミユキ!」
 アキラが叫んだ。開いた窓のちょうど正面にあるベランダに、よく知った顔がいた。これまた同じクラスの、ミユキだった。ミユキは、はきはきと喋り、いつも活発な女の子だ。好奇心旺盛な彼女は、再び問いかけた。
「ねえねえ、なにやってんのよう。」
 ミユキは体を手すりからのりだして叫んだ。
「ば、ばかっ!大声出すな。なんでおまえそこにいるんだ。」
 タカシがあたりをキョロキョロして言った。
「ここ、あたしんちだもん。」
 僕らは顔を寄せて話し合った。
「おい、どうする。やばいよ、あいつ。おしゃべりだからすぐにここクラスのやつらにバレちまうぜ。」
「仕方ないよ、ミユキも仲間に入れよう。秘密を漏らさないようにするなら、そうするしかないよ。」
「うん、オレもそれしかないと思う。」
「ちぇ。わかったよ。おい、ミユキ。ちょっと、外で待ってろ。おれらも今そこいくから。」
 ミユキは黙って頷いた。ミユキにも、『重大なこと』であることがわかったのだ。  僕らは天窓を閉め、秘密基地をいったん出た。ミユキの家はその廃倉庫の隣の狭い空き地をはさんですぐ隣だった。僕らは空き地で合流した。
「いいか、絶対秘密だからな。」
 アキラは、今日すでに何回目かの台詞を言った。仲間がもう一人、加わった。あたりは、もう暗くなっていた。
 ミユキを秘密基地に連れて行った。ミユキはまったく怖がらなかった。さっきよりずっと暗くなっていたが、僕ももう全然怖くなかった。天窓を開けると、月明かりでわずかに明るくなった。その日の月は、三日月だった。今でも、はっきり憶えている。ミユキもさっきの僕と同じように、興味深げにキョロキョロしていた。
「明日、学校が終わったら、一度帰ってほうきや雑巾なんかをもってここへこよう。」
「ちょっと待てよ、テツオ。そんなもんもって歩いてたら、怪しまれるんじゃねえの?」
「そうか…。そこまで考えなかった。」
「なに? なんでほうきや雑巾がいるの?」
「明日、ここの掃除すんだよ。」
「なあんだ、それならあたしんちのを持ってくればいいじゃない。すぐそこなんだから。」
「そうか。そうだね。」
 僕らは夜遅くまで話し合った。みんな、ワクワクしていた。明日から起こることに。

 僕が家に着いたのは、八時過ぎだった。僕の家は真っ暗だった。まだ父さんも母さんも、仕事から帰ってきていないようだ。僕はポストの中に隠してある鍵をだして、家に入った。倉庫の闇より、ずっと心細かった。電気のスイッチを手探りで見つけ、スイッチを入れる。台所のテーブルの上にはラップに包まれた皿と、一枚の紙が置いてあった。どうせ書いてある事はわかっている。
「お父さんもお母さんも仕事で帰りが遅くなります。一人で先に食べておいてね。」
 一字一句、違わないのだ。僕は読みもせずに手紙を丸めて捨てた。もう何年、一人で夕食を食べているだろう。誰もいない台所にいるのは、すごく嫌いだった。自分でご飯をよそってかっこむと、そのまますぐに自分の部屋へ向かった。いつもなら、十時くらいになると眠くなるのだが、その日は目がさえて眠れなかった。体が熱く、自分の心臓の鼓動が聴こえた。いつの間にか僕は眠ってしまったらしい。夢の中には、アキラとタカシと、ミユキがいた。あの場所にいた。はじめて仲間ができたんだと思った。

 次の日、学校へ行く途中でミユキにあった。もう単なるクラスメート同士じゃなかった。男とか女とかも関係なく、仲間だった。僕らは、目を合わせて、笑った。それだけだった。学校について、アキラやタカシに会っても、秘密基地のことは何も触れなかった。あれは、僕らの最重要機密なのだ。うっかり口を滑らせると、仲間と認められなくなる。みんな、そのことを本能で悟っているのだ。
 僕はその日の授業が早く終わらないかと、そればかりを考えていた。先生の話などまったく上の空だった。それはみんなも同じだったらしい。タカシは、
「今日は不気味なくらい静かね。どっか具合悪いの?」
と担任の大崎先生に言われて、へへっと笑っていた。いつもの何倍にも感じる授業がやっと終わり、さよならのあいさつをした途端に僕らは飛び出した。みんな別々の道を通ってミユキの家へ行った。足の速さでは僕には分が悪い。僕がどん尻だった。アキラやタカシはほうきとバケツを持って待っていた。ミユキは、水を汲んだバケツを抱えるようにして、庭の水道の方から現れた。僕は息を弾ませて、ランドセルをみんながそうしているように木の下に並べておいた。
「おっしゃ。行こか。」
 僕らは倉庫に入るところを見られないよう、用心深く周りを見ながら暗闇の中へ入っていった。
「この次は、懐中電灯がいるね。」
 僕は片手に水の入ったバケツを、もう片方にほうきを持っていた。アキラは一番大きなバケツをふたつ、両手に持っていた。錆びたハシゴの前まで来て、ここでまず大仕事だったのは、バケツを屋根裏まで上げることだった。ミユキの家の中からかき集めたというバケツは計六つ。なんとミユキは近所の家からも借りてきたらしい。
 まずアキラがするするとはしごを上り、ドア(こういう言い方はただしくないかもしれない)を開けた。次にタカシが上り、僕が上り、ミユキが下に残った。僕の提案でバケツリレーをすることにしたのだ。はしごは5メートルくらいの高さで、そう高いわけではない。しかしそれでも次のものにバケツを渡すにはある程度上らなければいけない。暗闇の中を、片手に重いバケツを持って、片手で上るのだ。散々苦労して、僕らは何とかバケツを上に持っていくことができた。しかし、バケツの水は最初の半分くらいになっていた。全員が上った後、窓を開けた。
 そして、散らばっている木材を端にかためることにした。僕とミユキは軽くて小さいのを、アキラとタカシは二人がかりでやっとというやつを運んだ。その後、ほうきで積もったほこりを掃きだす。ひと掃きすると、目の前が見えないくらいほこりが舞う。集めたほこりは出入り口のドアから下に落とす。そして雑巾がけをするのだが、これがまた大変だった。何しろ、濡れた雑巾を床につけただけで真っ黒になるのだ。そしてその後バケツにつけて洗うとこれまたすぐに水が真っ黒になる。これではきりが無いので僕らは考え方を変えた。それぞれ四方から出入り口に向かって水をまくのだ。もちろん一度ではすまない。その日だけで三回バケツを往復させた。そのうち汚れが見えないくらいに暗くなったので、続きは明日にして解散した。 僕らは体中真っ黒だった。秘密基地の掃除に一週間費やした。母さんに回復不能なくらいに汚れた服の理由を何度も聞かれたが、僕は頑として口を割らなかった。
 僕らは次第に学校でもいつも一緒にいるようになった。それはとても珍しいことだった。何故かって? 今までの僕のクラスは男子と女子がキレイに別れていて、男子が女子と一緒に遊ぶのは恥ずかしいことだといった雰囲気があったからだ。だけど僕らは恥ずかしいなんてこれっぽっちも思わなかった。クラスのみんなは僕らをひやかしと羨望の目で見ていた。ホントは、男子は女子と、女子は男子と仲良くしたいのだ。その頃から、僕は体育の授業を見学することはなくなっていた。顔色もよくなってきた、といわれるようになった。
 学校が終わると毎日秘密基地に行った。僕の提案で取り付けられた南京錠の鍵は、僕ら四人だけが持っていた。そのうちに、アキラが家の物置で見つけたランプを、タカシは従兄弟から譲ってもらったトランジスタラジオを、ミユキは四人分の小さなクッションを持ってきた。僕らは、毎日暗くなるまでいろんな話をしたり、トランプをしたりした。悩み事なんかも相談しあった。アキラもタカシも、そしてミユキも、表には全然出さないが、それぞれ家庭にコンプレックスを持っていた。
「おれ、家に居たくねえんだ。おれのあにき、今中二なんだけど、すっげえ出来がよくてさ。生徒会長とかやったりしてるんだ。家に帰りゃおやじやおふくろは俺と兄貴を比べることしかしねえんだ。おれにはまったく興味ないって感じだよ。あいつら、おれがいなくたって何とも思わねえよ。」 あるときアキラが呟くようにいった。
 タカシの親父さんは腕のいい大工だったらしい。らしいというのは、あるとき事故で片腕をなくしてしまったのだ。気のいい親父さんはもうなく、今では毎日酒浸りらしい。おふくろさんはいつも泣いていて、そんな両親をみるのがつらい、といつもの調子でおどけながら言った。タカシがいつもふざけているのは、自分を守るためなんだな、と思った。そして、そんな状況にもかかわらずいつも笑っているタカシをえらいと思った。
 そしてまたあるとき、ミユキが泣きながら秘密基地に来た。理由を聞いても、しばらくミユキは泣きっぱなしだった。落ち着くと、ぽつり、ぽつりと話し出した。
「あたしんち、お父さんいないの…。あたしが生まれてすぐ…死んじゃって、写真でしか顔知らない。だけど、あたしにとってはお父さんなんていないのが普通なんだよ。あたしにはお母さんがいるもの。お母さんががんばって働いて、あたしを育ててくれたもの。それなのに…あそこの親は片親だから、子供はろくな大人にならない、なんていってるおばさんがいて、あたし、すごく悔しくて…。」
 ミユキはまたわんわんと泣き出した。僕らは黙って聞いていた。僕らは、なぐさめかたなんて知らなかった。だけど、ミユキの気持ちは悲しいほど良くわかった。それに、へたななぐさめや同情は逆効果だということもわかっていた。アキラは、泣きじゃくるミユキからミユキとミユキのお母さんを誹謗した、おばさん(僕らに言わせりゃくそばばあだ)を聞き出した。 アキラが何をしようとしているのか、僕とタカシはすぐに理解した。僕らにとって、家族の絆よりも、仲間の絆のほうがはるかに強いのだ。
 その次の日、ミユキを除く僕ら三人は、計画を立て、実行に移した。僕らは、標的を見つけ出し、得物をとりだす。爆竹だ。導火線をつなぎあわせて、火をつけてから爆発するまで一分近くかかる。標的が買い物客でにぎわう通りにまぎれたのを見計らって、気づかれないように近づき、導火線に点火し、手さげの買い物袋の奥深くに沈める。この大役は、最もすばやいアキラが行った。計画は見事に成功。くそばばあは目ん玉がとびあがるほど驚いた。しかも、今晩のおかずであろう野菜その他はコナゴナに砕け散った。僕とタカシは隠れて、腹を抱えて笑った。僕らは満足して帰った。しかし、問題は次の日だった。くそばばあの買い物袋に爆竹を入れたのがアキラだということがそのときの周りの人たちの証言で明らかになり、アキラは大崎先生に呼び出された。
 大崎先生はアキラを人の居ない会議室に連れて行った。普段のやさしい顔つきではなく、緊張した顔をしていた。
「どうして呼び出されたか、わかっていますね。」
 大崎先生の声は低く落ち着いていて、それがかえって恐ろしかった。
「はい。わかってます。」
「悪いことだってわかってやったのね。どうしてあんなことしたの?いつもアキラ君は元気すぎるくらいだけど、とってもいい子じゃない。他人の痛みのわかる子だと思ってたのに……。」
 大崎先生は悲しそうに言った。
「見ず知らずの人のかばんに爆竹を入れるなんて…。幸い怪我がなかったから良かったもの、もしかしたら大怪我してたかもしれないのよ。」
 アキラはうつむいて床をじっと見つめていた。
「今からその人のところへ行って、謝ってきなさい。」
 大崎先生は厳しく言った。アキラははっとして顔を上げた。
「イヤだ! おれは絶対に謝らない。」
「アキラ君! 悪いことをしたんだから、謝るのが当たり前でしょう。」
「確かに、おれ、悪いことしたよ。だけど、あのくそばばあがいけないんだ。」
 アキラは泣きながら言った。しかしその目には力があった。
「どうして?いったいあの人がアキラ君に何をしたっていうの?」
「…おれに何かしたんじゃないけど…。だけど!あのくそばばあはされて当然のことをしたんだ。」
「どういうことなの? アキラ君。」
「……。」
 再びアキラはうつむいた。
 アキラは、最後まで僕とタカシの名前を出さなかった。結局、アキラは親を呼ばれることになって、親父さんと一緒に謝りに行った。だがアキラは決して頭を下げようとしなかった。次の日、アキラは学校を休んだ。
 僕ら三人が秘密基地に行くと、アキラはそこにいた。真っ赤に腫れ上がった顔をして。
「よう。」
 それでもアキラは笑って僕らを迎えた。アキラが頑として頭を下げず親父さんにこっぴどく殴られたであろうことは想像に難くなかった。
「アキラ、それ……その顔、どうしたの?」
 ミユキはアキラの痛々しい顔を見て涙ぐんだ。アキラは、僕とタカシと肩をつかんで言った。
「男同士の秘密だよ。なっ!」
 ミユキは仲間はずれにされたように感じて、しばらくふくれていた。僕は、アキラは本当に『男』だと思った。大人になったって、心が子供のままの大人がたくさんいる。だけどアキラは、心だけはもう十分すぎるくらい強く成長しているのだ。ミユキに秘密にしたのはミユキのためだったが、秘密を作ったのが裏切られたように感じたのだろう。ミユキはそのすぐあとに僕ら三人をあっと驚かせる行動に出た。
 その頃、僕らは一緒に登校するようになっていた。集合場所は、秘密基地の隣の空き地だ。タカシなど、すごく遠回りになるにもかかわらず、毎日一番乗りできていた。たいてい、一番最後はこの僕なのだが、その日は違っていた。ミユキの姿がなかった。ミユキの家はすぐ隣なのに、その日はまだ現れなかった。しばらく待って、アキラがもう行こうと言ったので、空き地を後にしようとしたとき、 「おーい。待ってよう。」
 その声で僕らは振り返ったが、一瞬、誰かわからなかった。それはミユキだった。ミユキは肩まであった髪をバッサリ切って、なんと僕より短い。しかも、いつもスカートをはいていたのに、今日はズボンをはいていた。かろうじて、赤いランドセルが女の子であることを示している。並んで、ランドセルを取り替えたら、僕のほうが女の子に見えるかもしれない。
「ミ、ミユキ! そのカッコ…。」
 僕らは唖然とした。
「ボクは今日から男の子になったんだ。女の子だと仲間はずれにされて秘密を教えてくれないから。」
 ミユキは得意げに言った。
「さ、男同士の秘密ってやつを教えてもらおうじゃない。」
 僕らは観念してミユキに全て話すことにした。たった一つの小さな秘密のために、ここまでできる女の子がいるだろうか。僕らは、放課後秘密基地に行ったら話す、ということにした。
 予想通り、というかクラスのみんなの反応もすごかった。
「ミユキが男になった!」
と男子も女子も大騒ぎだった。大崎先生も目を丸くした。ミユキは自分のことを『あたし』ではなく「ボク」と呼ぶようになった。
 僕らはミユキに全てを話した。ミユキはひどく驚いて、僕らが何もかも話し終わった後、怒り出した。
「ばか! あんた達、ばかだよ。ボクのためにそんなこと…。」
 最後は言葉にならなかった。ミユキは下を向いて顔に手を当てた。予想外のリアクションに僕らは戸惑った。ミユキは、僕らに抱きついてきた。
「みんな、大好きだよ。」
 ミユキは声を上げて泣いた。僕もつられて泣いてしまった。僕らの絆は、さらに強くなった。僕らはミユキに秘密を作ったことを謝り、もとに戻るように言ったが、ミユキはこんなことはもうごめんだからといって、女の子に戻ることはなかった。
 その頃、NHKで放送していた『アニメ三銃士』がすごく人気があって、僕らもみんな見ていた。それは、ダルタニャンという主人公と、三銃士の友情(だけではないけれど)の物語だ。後のほうで、三銃士の一人は、実は女だということがわかった。つまり、彼らは男三人に女一人が友情を誓い合っているのだ。『一人はみんなのために、みんなは一人のために!』僕は、『アニメ三銃士』に自分たちを重ね合わせてみていた。
 そんな騒動があってから、僕らはさらに仲良くなって、いつでも一緒にいた。プールに行ったり、昆虫採集をしたり、宿題をしたり。廃倉庫の屋根裏は、僕らの聖域だった。